小さな散歩道

旧日立航空機 立川工場変電所 (東大和市桜が丘2‐167‐18)


今もなお弾痕が著しい旧変電所の壁

米軍が落とした爆弾の模型(実物大。1階展示室)

変電所従業員のための仮眠室(2階展示室) 

銃撃痕が残されている配電盤


旧日立航空機立川工場変電所

 玉川上水駅から徒歩約5分の場所にある東大和南公園。広い公園内には、戦災遺跡・旧日立航空機変電所がたたずんでいる。壁面に無数の銃撃痕が残されたこの旧変電所は「西の原爆ドーム、東の変電所」とも呼ばれており、東大和市の指定文化財にも指定されている。

 かつて、現在の公園一帯は航空機のエンジンを生産する軍需工場だった。
 1938(昭和13)年に建設されたこの変電所は、隣接する生産工場へ送電する重要な施設だった。戦局の悪化に伴い、1945(昭和20)年に工場は米軍による三度の空襲を受ける。一帯は壊滅状態となり、従業員ら110余人の命が失われることとなった。

 戦後、工場は編み物機の製造などの平和産業に転換、奇跡的に生き延びた変電所は1993(平成5)年まで稼動を続けていたそうだ。一時は取り壊しも検討されたものの、地域住民らの強い要望によって旧変電所はそのまま保存されることになったという。

 旧変電所の1階には、工場の歴史や空襲についてのパネルや、B‐29が投下した爆弾の実物大模型、爆弾の破片などが展示されている。展示を見ると、戦時中には都内の多くの学校から学徒が動員され、空襲の犠牲になった人がいたことが分かる。2階に上がる内階段には、手すりや階段、階段の裏側にも銃撃痕があった。

 2階には木製の仮眠室やロッカー、配電盤などが並んでいる。整備された1階に比べ、2階部分は壁なども汚れており、当時の雰囲気をより残しているように感じられる。
 配電盤には貫通した銃撃痕があり、銃撃は金属を貫通するほどの威力だったことがよく分かる。室内の壁面にも所々に銃撃痕があり、この状況で人々はどのような気持ちで日々働いていたのだろうか、と思わずにはいられなかった。

 東大和南公園はきれいに整備された公園だが、旧変電所だけは時が止まっているようだ。傷だらけの旧変電所は強烈な存在感とともに、戦争の実態を静かに伝えている。

■旧日立航空機変電所
公開日/水曜、日曜(年末年始除く)
公開時間/10:30〜16:00
料金/ 無料
職員による展示解説(各45分程度)/
 10:45〜11:30、14:00〜14:45

(2409年9月掲載)  地図


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