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(左) 大田区立龍子記念館入口 (右) 門から旧邸宅・アトリエへのアプローチも「龍」をイメージしている
JR大森駅山王口を出て、駅前の通りにある東急バス4番乗り場から「荏原町駅入口」行きに乗り「臼田坂下」で下車。「龍子記念館入口」の交差点を左折、閑静な住宅街の中に「大田区立龍子記念館」はある。馬込文士村の住人でもあった、大正・昭和の日本画壇の巨匠、川端龍子(りゅうし)が自身の喜寿と文化勲章受章を記念し1962年に建てたものだ。
一番初めに展示されている『虎の間』1947年作 ⇒
現在、名作展「筆線のモダニズム」を開催中(4月10日まで)。大作「虎の間(1947)」や、作品完成後は下絵をほとんど残さなかった龍子の数少ない下絵2点(初公開)を含め合計30点を展示。洋画から日本画に転向し、独自の立場から一貫して日本画の革新に挑んだ龍子の画業が、ポイントとなるキーワードごとに紹介されている。
1929年、龍子は当時主流だった、個人が小さな空間で絵を鑑賞する「床の間芸術」から一線を画し、「会場芸術」を提唱して「青龍社」を設立した。また同年から青龍社展覧会(青龍展)を開始、「大衆と芸術の接触」を目指した。1940年には、当時としては画期的なことだった百貨店(日本橋三越)での展覧会開催も実現させた。作品だけでなく、会場全体が芸術空間だとする龍子は、展覧会のポスターから会場案内の看板、作品解説のプレートまですべて自分で作成した。
創作活動から生活の場に至るまで、龍子は【龍】にこだわった。雅号の龍子(本名は昇太郎)をはじめ、あらゆるところに龍のモチーフが現れる。記念館の建物も龍子が設計、上から見るとタツノオトシゴのような形になっているそうで、館内の見学ルートはジグザグに進むことになるが、見学者はまるで屏風の一扇一扇を見るように龍子の作品を楽しむことができる。
柵を設け、作品がガラス越しではなく直接鑑賞できることも特筆すべき点だ。これも龍子のこだわりで、会館当初から続けられている。
▲1929年第一回青龍展会場前の龍子
道を挟んだ向いに「龍子公園」がある。龍子自らが設計した旧宅とアトリエを当時のまま保存、開館日には同館職員によるガイドで見学できる。(10時、11時、14時の3回、無料)。こちらの建物にも随所に龍へのこだわりが表現されている。庭に咲く梅も「臥龍梅」だ。例年なら池上梅園より遅くに見頃を迎えるが、今年は既に満開の時期を過ぎて散り始めていた。
(2016年3月掲載) 地図
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