小さな散歩道

蘆花恒春園 (世田谷区柏谷1丁目)

徳富蘆花が暮らした母屋
表書院(梅花書院)
児童公園

蘆花が植えた孟宗竹 小説「不如帰(ホトトギス)」の作家として知られる徳富蘆花の旧宅(都指定史跡)を含む8万平方メートルの都立公園に行った。小田急線芦花公園駅から徒歩15分。同公園は、徳富蘆花が後半生を過ごした住まいが残されている恒春園(こうしゅんえん)区域とその周辺の開放公園区域(児童公園や花の丘区域など)の二つに分かれている。
母屋のかまど 徳富蘆花は明治40年から亡くなる昭和2年までこの粕谷に住み、同所を恒春園と名づけ、晴耕雨読の生活を送った。没後10周年(昭和12年)を記念して愛子夫人が、園内の土地、建物、蘆花の遺品を東京市(東京都)に寄贈。東京市は夫人の意向に沿って武蔵野の風景を保存し、昭和13年に公園として開園した。
 入り口すぐの孟宗竹の林は蘆花が植えたものとか。左の蘆花記念館で蘆花の身辺具、手紙、写真など展示品の数々から徳富蘆花という作家を知る。蘆花はロシアに行って師と仰ぐトルストイに会い、師が実践していた帰農生活をすすめられ粕谷にその場所を求めたという。記念館には馬車に乗っている蘆花とトルストイの写真(明治39年撮影)が残されていた。小説「不如帰」は明治31年から32年にかけて国民新聞に連載されベストセラーになり、海外でも翻訳、出版された。蘆花が愛したクヌギやコナラの雑木林の中にかやぶき屋根の母屋、表書院(梅花書院)、奥書院(秋水書院)が建つ。
  旧宅のそばにある蘆花と愛子夫人の墓に手をあわせて南に行くとすぐ開放公園区域だ。枯葉を踏み分け北に進み、ドッグランを覗く。柵の中ではワンちゃんが走り回っているが、外ではワンちゃんのファッションショーでした。
表書院の軒下に干柿が  春になるとタカトウコヒガン桜の並木が見所のようだ。

■蘆花恒春園
開館/ 徳富蘆花旧宅、蘆花記念館 9:00〜16:00
料金/無料
問合せ/同園サービスセンター TEL:03-3302-5016

(2011年2月掲載)  地図


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