小さな散歩道

五日市鉄道大神駅跡 (昭島市大神1丁目)

当時を思わせる車輪
警報機
五鉄時代の信号か

大神駅跡は小さな公園になっている  青梅線昭島駅の南口から昭和通りを進む。江戸街道を渡ると畑が点在する静かな住宅地に入り、八高線の踏切(拝島駅と小宮駅間)を渡るとかつてあった五日市鉄道の大神駅跡が見えてくる。
 それほど広いスペースではないものの、跡地は小さな公園として整備されている。長さ5メートルほどの線路の上に車輪が乗っており、信号機や踏切警報機も設置されている。これらの鉄道資材は青梅線の昭島駅・奥多摩駅から寄贈されたもの。実際に鉄道に使用されていたという重みを感じさせる。小ぶりなプラットホーム上には復刻された白い木製に右から「大神」その下には右に「武蔵田中」、左に「宮沢」という駅名が書かれた駅名表示板もあり、レトロな雰囲気を漂わせている。当時この大神駅は小さな無人駅だったそうだ。傍らにはベンチも置かれているので、往事に思いを馳(は)せながら一息つくのもいい。
  立川−拝島間の五日市鉄道廃線跡は今は住宅や車道となってその痕跡を見ることは困難になっている。
  五日市鉄道(単線)は、現在のJR五日市線の前身で、大久野の石灰石を川崎へ運ぶために作られた鉄道だ。大正14(1925)年4月に、拝島−武蔵五日市駅間が最初に開通し、立川−拝島駅間が昭和5(1930年)に開通した。先に開通していた青梅鉄道(現・JR青梅線)とは別の独自の線であり、多摩川よりに迂回して奥多摩街道に沿った集落を結んでいた。駅名は「立川」「武蔵上ノ原」「郷地」「武蔵福島」「南中神」「宮沢」「大神」「武蔵田中」「南拝島」の9駅があった。貨物用には蒸気機関車、旅客用にはガソリンカーが運転され「五鉄」の愛称で親しまれたが、近くを青梅線が走るようになり立川−拝島駅間は昭和19(1944)年に休止路線とされ、そのまま廃線になった。
昭和通りと八高線の交差した所の近くに公園がある  跡地が整備されているところは珍しい。鉄道ファンならずとも一度は訪れてみたい場所だ。なお、駅から昭和通りをひたすら直進すれば着くので、非常に分かりやすい場所だった。

(2011年9月掲載)  地図


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